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2009/04/03 の記事 (野球)
100年に1度レベルのチャンスを逃した岩手県



岩手日報の電子号外です、フォントがおかしいですが気にしない
この大会、花巻東が勝つ毎に電子号外が出ました

参考:http://www.iwate-np.co.jp/PDF/gogai.htm

なんせ、選抜で1試合でも勝ったのが25年振り、岩手県勢が決勝に進んだのに至っては、春81回、夏90回の高校野球の歴史で初めてだったんだから
タイトルが大げさじゃないことが分かってもらえると思います



んでは、今大会を含まない春80回・夏90回での県勢の甲子園での戦績を振り返って、改めてどれだけ今回がとんでもないことだったのか見てみます

参考:http://www.fanxfan.jp/bb/

岩手県勢は春夏通算で28勝79敗で勝利数は全国ワースト4位、勝率は.262でワースト2位です
春の大会に限ると勝利数は4勝13敗でワースト2位、勝率も.235でワースト2位となります
夏の大会では勝利数は24勝66敗でワースト6位、勝率は.267でワースト3位です



では、まずは春の大会から紐解いてみます

春の大会に岩手県勢が出場したのは今回含めて81回中14回、うち初戦を突破したのは1972年・1984年・2009年の3回となります
今回が25年振りの初戦突破でしたが、25年前のベスト4がこれまでの最高成績でした
ちなみに1972年は2戦目で敗退してます

出場が14/81で6~7回に1回、初戦を突破することが3/14、つまり4~5回に1回ですから、県民にとっては上位進出よりも初戦突破がまず珍しい、なんなら出るだけでも珍しいってことです
いかに今回の決勝進出が凄いことだったか分かっていただけるかと



夏なら毎年出られるんだし、100年に1度なんて大げさだと思うかもしれません
つーことで、夏の成績を見ていきたいと思います

夏は90回中で出場が66回、戦後(1946年以降)では64回中53回出場してます
最高成績はベスト4が2度、ただし大正時代の成績に限ります、参考になりません
戦後の最高成績はベスト8が1961年と1968年の2回あります

戦後の初戦突破は53回出場中13回です、4回に1回程度は勝ってます
最近の成績(初戦突破)はどうなのか、10年毎に区切って見てみたいと思います

岩手県勢の初戦突破回数
2008~1999 1回
1998~1989 4回
1988~1979 1回
1978~1969 2回(出場8回)
1968~1959 3回(出場6回、ベスト8が2回)


とまぁ、ここ10年は特に酷いわけです、今回の花巻東の初戦突破は春夏合わせてもここ10年で2回目の出来事だったのです

んじゃ、その前の10年はなぜ突出して成績が良かったかと言うと、私立勢の台頭があると思います

私立校が代表になった回数
2008~1999 10回
1998~1989 *7回
1988~1979 *2回


ちなみに去年まで14年連続で私立校が代表になっています
2008~1989の間の5度の初戦突破のうち4度が私立校です

では、1998~1989には上向きだった岩手県勢が再びここ10年で落ち込んだのはどうしてなのかと言うと、ご存知の通り全国的な地域間の格差が狭まったことがあると思います
まぁ、平たく言えば岩手県勢はこの格差が無くなってきている現象に乗り遅れた形となるでしょう



参考までに同じ東北勢の山形・福島勢の成績を見てみたいと思います
ちなみに夏の成績(勝率)は山形がワースト2位、福島がワースト5位となります(岩手がワースト3位)

山形県勢の初戦突破回数
2008~1999 4回(ベスト8の1度を含む2戦目突破が2度)
1998~1989 3回(2戦目突破が1度)
1988~1979 2回(2戦目突破が2度)

福島県勢の初戦突破回数
2008~1999 4回(2戦目突破が3度)
1998~1989 3回
1988~1979 3回(2戦目突破が1度)


と、着実にここ10年で成績を上げてきています
最も顕著な例が青森勢です

青森勢の初戦突破回数
2008~1999 9回(ベスト4の1度、ベスト8の3度を含む2戦目突破が6度)
1998~1989 3回
1988~1979 0回


逆に岩手と同じく、いやもっと深刻に乗り遅れたのが秋田勢です

秋田県勢の初戦突破回数
2008~1999 0回
1998~1989 6回(ベスト4の1度を含む2戦目突破が2度)
1988~1979 4回(ベスト4の1度を含む2戦目突破が3度)


秋田と言えば元々は落合や山田久を輩出した東北では宮城に並ぶ野球強豪県です
ただ、秋田の落ち込みの理由ははっきりとしています、私立勢が皆無に等しいことです
ここ30年で私立勢が代表になったのは秋田経法大附のみで7回、ここ10年に限ると私立勢は1度も代表になっていません
野球留学生と称して他県から優秀な選手を集めて結果を残している他の東北勢、特にも青森勢なんかと比べて成績が伸びないのはしょうがないとも言えると思います



前置きが長くなりましたが、今回の花巻東の快挙は近年の東北勢の大躍進と同じく捉えられないと言うことです
なので、100年に1度レベルのチャンスを逃したと言ってるわけです

こんな記事がありました

“純岩手産”もう見下させない 花巻東が準V

 花巻東はベンチ入りメンバー全員が岩手県出身者という“純岩手産”チーム。佐々木洋監督が自ら県内を回って声を掛けてきた。

 主戦の菊池雄星投手もそんな一人。佐々木監督が初めて見たのは小6の時だ。「球はまだまだだが、動きが抜群にしなやかだった」というのが第一印象。試合のたびに通い続けた。

 中学時代、シニアリーグで頭角を現した菊池投手には、全国の30を超える野球校から誘いがかかる。それでも花巻東を選んだのは佐々木監督の存在があったから。「自分が下手な時から声をかけてくれたのが監督。信頼できるのはこの人だと思った」という。

 岩手県勢にとって、甲子園は苦難の歴史だった。春は24年間、初戦突破なし。組み合わせ抽選会で対戦相手から拍手が起きたこともある。練習試合で関東の高校に勝つと、「岩手のチームなんかに負けやがって」と選手をしかる監督の声が聞こえた。川村主将は「弱いと思われている悔しさをバネに練習してきた」と振り返る。

 室内練習場に大書された「岩手から日本一へ」という目標。選抜では実現することができなかった。「打撃も守備もまだまだ。もう一度、頂点に挑みたい」と川村主将。夢は夏へお預けとなった。(スポーツ部・安住健郎)



見てる側だけではなく、勿論やってる選手にしても今回の快挙には、自分のチームが勝ったということだけに留まらず、岩手県民として感慨深いものがあったことでしょう

では、今回の快挙で岩手県勢が強くなったと言えるのかと言うと・・・

記者の目:センバツ 東北勢2校の快進撃=海老名富夫

 東北勢が優勝から遠ざかっている原因は、いくつか挙げられる。冬の間は日照時間が短く、寒さと降雪でグラウンドが使えない。さらに、練習試合の数の少なさが、競った試合展開や甲子園の大観衆の中でのプレーなどに少なからず影響を与えてきたといわれ、指導者不足も指摘されている。しかし、近年では、これら負の要因は交通の発達と周辺環境の変化、それに練習機材の充実などで大きく解消されてきている。新幹線や高速道路網が整備され、全国から東北地区の各校に指導者が集まるとともに野球留学が進み、戦力の集中が進んだ。

 岩手は、これに加えて少年硬式野球の組織充実が、大きなプラス要因になっているようだ。花巻東では、エースの菊池雄星投手が中学時代にプレーした「盛岡東シニア」の仲間7人と、ライバルチームから川村悠真主将ら数人が同時に入部。「岩手の人間だけで日本一を目指そう」という佐々木洋監督の熱い呼びかけを受けての入部は、結果的に人材の県外流出防止にも役立つこととなった。



うーん、やっぱ今回の花巻東は特別だったのか・・・とこれを読むと逆に思ってしまったりもするのですが・・・

しかしながら今年の岩手勢は確かに実力があるみたいです
県内に限らず菊池と同じ世代で他県で活躍している選手もいるようで・・・

黄金の世代、躍進の春 岩手の実力証明

 東北勢初の甲子園制覇を狙った花巻東(岩手)は2日、選抜高校野球大会決勝で敗れたものの、岩手勢の秘めた力を開花させた。左腕のエース菊池雄星投手(3年)が全国に与えた印象は鮮烈だった。中学時代に全国優勝し、今大会は初戦で敗退した光星学院(青森)の下沖勇樹投手(3年)も二戸市出身。全国トップレベルの投手2人を輩出した岩手のスポーツ界は「雄星・下沖世代に続け」と意気込んでいる。

 「岩手の子どもたちに希望と活力を与えた」。久慈市三崎中副校長の土佐野淳さん(47)は、花巻東の活躍をたたえた。

 土佐野さんは2006年8月、二戸市福岡中を監督として率い、軟式野球の全国中学大会を制した。主戦だったのが下沖投手で、当時から「あの世代の底力を感じていた」という。

 「最も厳しかったのは全国ではなく県大会。サヨナラ勝ちの初戦で、下沖君を苦しめた打者が、甲子園で花巻東の先頭打者を務めた柏葉康貴君(3年)だった。互いが刺激し合える世代だ」

 全国を常に意識してきた世代でもある。花巻東の菊池投手も少年野球の見前タイガース(盛岡市)と、盛岡東シニア時代に全国大会に出場した。「菊池君は軟式で全国優勝した下沖君にライバル意識があった」と当時の指導者は振り返る。

 「左の菊池、右の下沖は中学時代から注目の投手」と、プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスの上岡良一スカウト。シニア関係者は「2人との対戦を望んで別高校に進んだ選手もいる」と実力を競い合う環境を指摘する。

 昨秋の東北大会で準優勝しながら、選抜出場を逃した一関学院の沼田尚志監督(49)も「今の3年生は『打倒菊池』を胸に練習している。相乗効果で県内レベルは底上げされる。各校の目標は『甲子園優勝』に変わった」と強調した。



夏も当然のごとく花巻東が出てくるだろうと思ってたけど、一関学院というライバルもいるようで・・・

そして実際にやってる選手や監督は、県民の初戦突破への期待に応えることだけには留まらず、全国制覇を本気で視野に入れていたようです
ベスト4をかけた準々決勝の試合前の記事にこんなものがありました

4強へ鍵握る先発 花巻東31日南陽工戦

 花巻東はセンバツ4強入りを懸けて31日の準々決勝第1試合(午前11時開始予定)で南陽工(山口)=3年ぶり4度目出場=と対戦する。主戦菊池雄星(3年)は2戦2完封と好調だが、悲願の優勝まで残り3戦。佐々木洋監督は「4つに残るだけなら雄星だが、てっぺん(日本一)を狙うためには雄星以外の起用もある」と語る。エース温存か、エースと「心中」か。次戦の先発投手に注目が集まる。

 はつらつとプレーする選手を見守りながら佐々木監督は時折、難しい表情を見せた。決勝まで勝ち進めば3連戦になる。いくら剛腕菊池でも甲子園の厳しい試合で3連投では限界が来る。本当に日本一を狙える位置まで来たからこそ、本格派右腕で主砲の猿川拓朗(3年)、左腕の吉田陵(2年)の名前がよぎる。主戦を温存できるとすれば、次の試合だろう。

 一戦必勝か、日本一を狙う「賭け」に出るか。33歳の指揮官は「どちらにせよ、批判は承知の上です。楽しみにしていてください」と含みを持たせた。



結果はご存知の通り、菊池温存、猿川先発で先制されるも見事に逆転勝ちを収めたわけですが
最初に先発が菊池じゃないと知った時は、おいおい・・・欲張るなよ・・・と思いましたが、この采配も「逆転の花巻東」を自負する確かな自信と、全国制覇という目標と手応えに裏付けされたものだったようです

「100年に1度の夢」は夏にも期待できるのかもです、そして今年の夏に夢叶わなくとも、近い将来に再び夢が手に届くところまできてくれることを祈るばかりです



最後に今回の花巻東の強さの秘密?を書いてある記事を幾つか抜粋して紹介します
まずプレーに関しての記事

「岩手は弱い」屈辱バネに花巻東、積極野球へ変身

 なぜ、岩手のチームは弱いのか。強豪県のチームに比べてどこか消極的だというのが結論だった。だから、第1ストライクをねらう、失策してもいいから前に出て捕る――。この大会で見せてきた花巻東の野球が出来上がった。



うーん、これは感じましたねぇ
準々決勝・準決勝・決勝しかじっくりと見られてないのですが、走塁やバッティングも去ることながら、守備にもそれを感じました
特にサードの猿川なんかは目立ってたかなぁ

ただ、うまくいけば積極性があったと賞賛されるのですが、逆に守備での後逸や攻撃での暴走は甲子園で「勝ち慣れ」していないチームがよく犯すミス(僕はまた田舎野球やりやがって・・・などとそれを見て揶揄し、失望することが過去多々あったのですが)でもあります
しかしながら、花巻東はただやみくもに積極的な野球をしていたわけではなかったようです

花巻東を決勝に導いた“安心感”と“徹底力”

■「カバーリングが花巻東高の野球の真骨頂」

 安心感――。
 これがあるからこそ、思い切ったプレーができる。積極的なプレーができる。
 そして、それを可能にするのがカバーリング。全国でも、そのカバーリングを大事にしているチームが花巻東高(岩手)だ。
 走者が一塁にでもいれば、捕手から投手への返球1球ごとにセカンド、ショートが投手の真後ろまで走る。ショートがセカンドベースに、セカンドが投手とベースの間に入り、捕球姿勢まで取る。投手が一塁けん制を投げれば、セカンドとライトがファーストの後ろのカバーへ。ここまでならよくある話だが、花巻東高はさらにセンターとレフトも“万が一”悪送球が2度続いたときに備えてカバーに走る。実際に投手がボールを投げず、けん制の動作をしただけでも走る。ここまで徹底したカバーリングができているのは、香田誉士史監督が率いていた、あの3年連続夏の甲子園決勝進出のころの駒大苫小牧高(北海道)だけだ。
 甲子園練習では、野手が悪送球をし、それをカバーした野手がまた悪送球し、それをカバーした野手がさらにまた悪送球をする……というカバーリングだけの練習をした。わずか30分の割り当て時間にカバーの練習を入れる。それだけでも“こだわり”が感じられる。

「カバーリングは自分たちが一番大事にしていることです。花巻東高といえば、何よりもカバーリング。それが花巻東高の野球の真骨頂だと思います」(ファースト・横倉怜武)
 言葉にするのは簡単だが、実際に走るのはしんどい。しかも、カバーリングはあくまでカバーリング。100回走っても、一度もボールが来ない可能性もある。ついつい手を抜きたくなってしまうこともある。だが、花巻東高では、通常の練習から「全力でカバーに走ったうえで、捕球姿勢までとる」がチームの徹底事項となっている。少しでも手を抜こうものなら、他の部員たちからの「ふざけるな」「さぼってるんじゃねぇ」と厳しい言葉が待っている。
 野手の中でも最も走る距離が長いライトの佐藤隆二郎は言う。
「中学では(カバーリングの動きが少ない)ファーストだったんです。正直、最初はこんなに走るのかと思いました。初めはどこにカバーに行くのか覚えるのでいっぱいいっぱいで、練習試合ではミスもありました。でも、失敗して学んだことは大きい。今では自然に体が動くようになりました」

■思い切ったプレーを引き出す安心感

 さらに花巻東高では、カバーリングは野球だけにとどまらない。日常生活でもみんなでみんなのカバーをしようと言い合っている。佐藤隆は言う。
「トイレ掃除は(エースの菊池)雄星の担当なんですけど、誰かが使って汚れていることもあります。そういうときは、雄星任せにするのではなくて、気付いた人がきれいにする。それもカバーリングだと思います」
 人間だからミスはある。失敗もある。気付かないこともある。だが、それをミスや失敗にしないのがカバーリング。被害を最小限に抑えるのもカバーリングだ。
 そして、自分をカバーしてくれる仲間がいるから、勝負に出ることができる。
「(捕れるかどうか微妙な打球で)ダイビングを決心するのは難しいんですが、後ろに必ずカバーが来てくれているのでダイブすることができます。また、前にチャージすることもできます」(佐藤隆)

「相手よりカバーリングがしっかりできていれば、気持ちで優位に立てます。それに、相手ができていなければ、相手がミスしたら(次の塁を)狙える。攻撃面でそこを突くことができます。カバーが大事という考えはいろんなところで役立っています」(レフト・山田隼弥)
「カバーは本当に大切。花巻東高の野球は周りのチームに胸を張れるものだと思います」(佐藤隆)
 ミスを最小限にとどめるだけでなく、積極的なプレーを生み、精神的な優位さ、自信も生むカバーリング。やってやりすぎということはない。
 春81回、夏90回を数える歴史で岩手県勢初の決勝進出――。それは、カバーリングの“徹底力”から生まれたといっても過言ではない。



そして花巻東の野球の強さは、試合でのプレーやグラウンドだけで培われたものではないようです

花巻東に勝利をもたらす“本物のベンチワーク”

■名将も認めたベンチの盛り上がり

 拍手が途切れない。
 もちろん、声も途切れない。

 2年前に駒大苫小牧高と練習試合をした際、当時の香田誉士史監督が「あの雰囲気をマネしろ」と自チームの選手に言ったほどの盛り上がり。甲子園連覇の名将も一目置く。それが、花巻東高のベンチだ。

 投手の投球練習では、1球ごとに拍手と声。相手がけん制を投げるだけで拍手と声。いつも、どんな場面でも盛り上がっている。その中でも特筆すべきが、ピンチの場面やチャンスを逃したときの拍手と声。普通ならベンチは暗くなってしまうものだが、花巻東高ベンチはこういうときこそ盛り上がる。

「自分たちに流れを呼ぼうと強く早く拍手するようにしています。ベンチが盛り上がり、拍手をすることで相手にプレッシャーを与え、試合を有利に進められると思っています」(背番号13・笈川裕介)
「ホームランで盛り上がるのはどこでもあることですよね。流れが悪いときにこそ、流れを悪くしないようにしないといけない。ピンチのときや、点を取れなかったときにこそベンチの出番だぞと言っています」(佐々木洋監督)

 暗いムード、負のオーラをベンチに持ち込まないのが大事。だから、花巻東高では、打者がアウトになってベンチに戻る際にもハイタッチで迎える。
「終わったことは仕方がない。拍手によって(気持ちを)切り替えるためです」(笈川)
「アウトになっても雰囲気を下げず、逆に上げていくためです。それが相手にもプレッシャーを与えることにつながると思います」(背番号14・佐々木大樹)

 野球は流れのスポーツ。だからこそ、流れは自分たちでつくるもの。花巻東高の選手たちはそれが分かっているから、大会前に選手たちで話し合い、ベンチワークを統括する「ベンチリーダー」を選出している。「取り組む姿勢がいいし、熱い。勝負どころだとみんなより声を出す」(佐々木大)という理由でベンチリーダーになった背番号11の斎藤奨は言う。
「ベンチが盛り上がったり、相手にプレッシャーをかけて流れを引き寄せようといつも言っています。そのために、自分がベンチ内の様子を見て、ここというところで『盛り上がっていくぞ』などと声をかけています」

 花巻東高では、試合でプレーしている選手以上にベンチにいる選手が疲れることも珍しくない。ベンチでは座っているヒマなどない。ボーっとしているヒマもない。声を出し、拍手をし、試合に出ている選手のために道具などを準備した上で、自分が出られる準備をする。さらに監督のそばで指示や声を聞き逃さず、仲間へ的確な指示やアドバイスを送る。これが本当の控え選手たちの仕事。

 劣勢を跳ね返し、“逆転の東”らしさを見せた花巻東高。岩手県勢25年ぶりベスト4の原動力となったのは、本物のベンチワークだった。



東北勢初優勝のために必要なものとは!?

■相手の立場を考え、行動できる花巻東高の選手たち

 甲子園では試合前に室内練習場で試合前取材の時間が設けられている。通常の試合なら10分間、決勝戦なら15分間。一、三塁のアルプス席下にある室内練習場に、報道陣は扉を開けて入る。さらに選手たちがいる場所へは、ネットを手で持ち上げ、そのネットをくぐるようにして入ることになる。

 ところが、花巻東高の試合前取材に限っては、扉を開ける必要も、ネットを持ち上げる必要もない。なぜなら、練習補助員の控え選手たちがドアを押さえ、ネットを持ち上げていてくれるからだ。こんなことをしてくれる学校は出場32校中、花巻東高だけ。いや、2001年以降、毎年春夏の甲子園を取材させていただいているが、ここまでしてくれるチームは記憶にない。
 しかも、驚くことに、これは佐々木洋監督が指示したことではない。事実、このことを佐々木監督に尋ねると「本当ですか?」と逆に驚いていた。ベンチ入りできなかった選手たちも、相手の立場に立ち、自分が何をするべきかを考え、行動できる。

「野球のうまいロボットをつくっているわけではない。野球もできる立派な人間をつくるのが指導する上での信念。選手たちには、『6時間の授業のあと、野球の練習が7、8時間目の授業のつもりでやりなさい』と言っています」
 と常々話している佐々木監督の指導のたまものだ。

 このコラムで再三書かせていただいたカバーリング、ベンチの雰囲気のほか、走者が常にオーバーランをし、最後まで目を離さず次の塁を狙う姿勢なども含め、やっている野球、選手たちの態度や人間性は間違いなく花巻東高が一番だった。



うーん、今まで岩手の甲子園常連校の某校や某校と言えば悪い噂を聞くことが多かったのですが・・・
ここまで紹介した幾つかの記事を書いたこの記者は、花巻東の野球だけではなく、それを裏打ちする選手達の人間性に甚く感銘を受けたようです

この記者は最後に記事をこう締めくくっています

東北勢初優勝のために必要なものとは!?

■決勝で惜しくも敗れる東北勢に必要なものとは……

 それにしても――。
 東北勢の優勝は遠い。決勝では、ほとんどの投手が優勝投手に値する投球を見せているにもかかわらず、だ。

 古くは1915年、第1回大会夏の秋田中・長崎が延長12回まで1失点ながら13回にサヨナラ負け。69年夏は三沢高の太田幸司が、松山商高戦で延長18回を零封しながら引き分け再試合の末、敗退。71年夏の磐城高・田村寿は桐蔭学園高相手にわずか1失点で敗戦投手。しかも、その1点が大会を通じて唯一許した失点だった。89年夏、仙台育英高の大越基は帝京高相手に9回まで無失点の好投を見せながら、延長10回に2点を許して力尽きた。そして、今大会の菊池もたった1球が命取りになった。

 なぜ、東北勢は決勝になると得点が取れないのか。
 ズバリそれは、応援にある。

 駒大苫小牧高が初優勝を果たした2004年、57年ぶりの連覇を果たした05年ともに甲子園は満員。相手を圧倒するブラスバンドの音色に乗せられ、球場全体に「北海道ガンバレ」という雰囲気があった。特に04年は済美高相手に一時4点をリードされたが、観客の手拍子で力を増した打線が奮起。猛打で逆転劇を演じた。
 沖縄尚学高が県勢に初の大旗をもたらした99年春、2度目の優勝を果たした昨年の春は試合前から指笛が鳴り、お祭りムード一色。安打1本がそれ以上の意味を持つほどスタンドも盛り上がった。いずれも、手拍子は駒大苫小牧高側、沖縄尚学高側からスタンド全体に広がった。その手拍子が銀傘にこだまし、選手に力を与える。観客の声援による後押しで得点を奪っている雰囲気があった。

 ところが、今大会の決勝の観客は2万7000人。花巻東高側の三塁側スタンド、アルプス席とも寂しかった。アルプスから控えの部員たちが懸命の声援を送ったが、それは一般のファンには広がらず、最後までリニューアルされた銀傘に跳ね返るような手拍子は起きなかった。ちなみに、03年夏にダルビッシュ有を擁する東北高が決勝に進出したが、このときも「東北高を勝たせよう」という雰囲気はそれほど感じられなかった。むしろスタンドは、勇退の決まっていた木内幸男監督率いる常総学院高側についていた感じすらあった。もし、花巻東高に駒大苫小牧高や沖縄尚学高のような声援と手拍子があれば……。8、9回のチャンスでの結果も違ったものになっていたかもしれない。

 岩手県内では、新聞の号外が発行され、決勝当日は朝から特番も放送される盛り上がりだったという。その盛り上がりが、県内だけでなく、甲子園でもあったならと惜しまれる。
 勝手な意見かもしれない。根拠のない暴論かもしれない。だが、北海道と沖縄にあって、東北勢にないものは間違いなくスタンドの応援。一般のファンの方々まで巻き込むような、迫力があり、盛り上がるような応援だ。

 東北地方のみなさん、在校生のみなさん、甲子園へ応援に足を運んでください。雪国のハンディという言葉はなくなりました。優勝にふさわしいチームはあります。選手もいます。あと、足りないのは地元の方々の生の声援だけです。

 地鳴りのような手拍子が起き、アルプスが揺れて、東北球児に勇気と力を与えたとき――。そのとき、初めて大旗が白河の関を越える日がやってくる。



確かにこれは見てて感じたかも・・・

一昨年、佐賀北が優勝した時は確かに完全に球場の雰囲気が佐賀北のものになっているのを感じましたし、それは佐賀北応援団の今や甲子園の定番となった「押せ!押せ!押せ!押せ~ドンドコドンドコ・・・」という応援が作り出した雰囲気のように感じました

まぁ、今回は春の大会だし、普段あまり春の決勝戦をじっくり見られることも少ないので、いつもと比べてどうだったのかってのは分かりませんが
平日と言うことに加えて、岩手と長崎の決勝ってのもあるのか、客入りが少ないなーとかあんまスタンドが盛り上がってないなーとは感じましたが

もしもまた決勝に進んだ時、甲子園の観衆をも味方につけることが出来るのか?

僕はその一員となるべく涼しい部屋で応援したいと思います
だって遠いし暑いしTVで見た方がじっくり見られるし、やっぱ大事な試合になればなるほど家で見るに限るっつか






★★★m9(´ゝ∀・)<うひょー★★★


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テーマ:高校野球(甲子園) - ジャンル:スポーツ
コメント

お願いです!応援に行ってあげて下さい!
2009/04/03(金) 23:26:40 | URL | さか #-[ 編集]
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